送り火


*ゲームオーバー的なあれです。あまりお好きでない方は、ご遠慮下さい。↓↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分で、驚いているのではないかね?」
 可笑しそうに。
 目前に迫る自らの死など、見えぬとばかりに男――松永久秀は、ぴたりと元就の心中を言い当てた。
「卿は何をしにここへ来た?」
 燃え盛る古の都。兵どものみならず、そこに暮らす民のささやかな生を飲み込み、さらには仏の御座所までを舐め取らんとする炎のただ中に、元就は佇む。
「知れたこと。四国を滅した貴様の目が、我が中国へ向けられる前に貴様を潰すため、」
「稚拙だな」
 遮られ、元就は眼光を強める。射るような視線などどこ吹く風、久秀は稚拙、稚拙と繰り返した。
「御仏の前では心を巧くいつわれぬのかな、卿は。それともほかに、理由があるか」
 飛び来る火の粉が元就の鬢を掠めた。が、まだ動かない。もはや策は成り、久秀の首は落ちたも同然。
 ゆえに、考える。ほかに、この地へ攻め入る理由があったかを。
 非道を好む悪鬼ではあるが、その立居振舞いはあくまで風雅。天を焦がす焔のもとにあってもそう思わせる男は、沈思する元就の前で謡うよう、続ける。
「そのように稚拙な理屈をつけるならば、本音を言うほうが余程よい。もはや此処には卿と私しか、いないのだから」
 広げられた腕に自ら誘いこまれ、ようやく元就は切りかかる。
 振り下ろされた輪刀は、届く前に鈍い音を立てて止められた。重さによろめきながら、それでも久秀は踏みとどまる。
 元就の目の前には、場違いなほど穏やかな、顔。
 またどこかで火薬に火がうつったか、どぉん、と轟音が、睨みあう両者の耳を打った。
「以前見えた卿は、何も望んでいなかった」
「ゆえに」
「何も、持ってはいなかった」
 二合、三合、刃を交えながらなお、笑い、謡う。
 対する元就は戯言を受けながら、黙々と刃を振るい続ける。
 鼻をついた火薬の匂いに元就が身を引けば、今居たところで焼けた土が弾けた。
爆風に煽られ、身を翻して地に降りた拍子に、折から緩んでいた兜が落ちる。飛び散った礫で頬を切ったが構わない。間合いはとっても刃を引くことはしない。切る瞬間を読む、ひたすらに。
「興味深いな。卿はこの短い生の一時に、何を手に入れ、何を喪った?」
 答える義理はないと、切り捨てられない魔力が死に向かう男の声にある。火花が、元就の胸に散り、一瞬の、業火の幻を見る。
「くび、を」
 渇いた喉が、かすれた声、だが心からの声を発する。
 それに合わせるように、元就の刃が淡く燐光を帯びる。
「鬼のくびを、返してもらおう。あれは、我のものゆえ」
 宣すると同時に、光が舞い、炎すら凌駕した。

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「その想い、黄泉路で四国の鬼に伝えておこう」
 死に体さらしてなお、久秀は笑む。欲にまみれ、非道と罵られても己の思う様生きた男はこのように穏やかなのだと、感慨すら覚える顔で。
「……好きにするがよい。ああ、では、序にあれにもう一つ伝えよ」
 瞼を落とした久秀には、もう聞こえていないかもしれない。未だ残る炎を鎮めるように、曇天から雨滴が落ち始めた。
「もはや我の心は凪いだ、と」
 もう二度と、細波立つことはない。今日この炎が鎮まれば、もう二度と燃え上がることもない。熱を持つことすら、ない。
「ゆえに、もう見ていてもつまらぬゆえ、はよう逝けと」
 踵を返した元就の後ろで、最後の爆音が響く。
 雨脚がしげくなる。胸に灯った幻の炎が凍えてゆく。
(……寒い、)
 そう感じることさえ、明日は出来ぬような気がした。 

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