彼岸の夢
*病みがちな話が苦手でらっしゃる方はやめておかれた方がいいかもしれません↓↓
おかしな夢を見た。
長曾我部の夢である。
いや。
長曾我部を、殺す夢である。
見たことのない遠浅の海。その波打ち際で一心不乱に、彼奴の首を絞めている夢である。
気の遠くなるような時間がかかっている。彼奴の顔は、口も鼻もすべて潮に浸かり、首など絞めていなくとも馬乗りになってそのまま沈めおけばいずれ死ぬはずである。
だのに死なないので、仕方なく首を絞めている。
玻璃玉のような片目がこちらをじっと見ている。水は透明で、その目が死相に曇らないのがはっきりとわかる。その手は、閨でそうするように丁寧に、腰に添えられている。
少しの焦燥を覚える。
早く死ね、と、思う。
もしや、絞める場所が悪いのかと、手の位置を変えてみる。締め上げた場所に赤く痕が残っている。何重かに巻いた紐のようだと思った途端、それが本当に紐になる。赤い紐だ。
好都合と思い、紐の端をとってもう一度締め上げる。先ほどよりは手ごたえがある。
腰に回された手が、ちょうどそう、果てる前のように、強く掴んでくる。
ああ、もう一息だ。
己も息を詰めていたので、ひどく息苦しくなっている。だが力を緩めるわけにもいかないので、こらえようと唇を噛む。
鈍い痛みに顔をしかめた拍子、滲んでいた涙がぽとりと落ちる。
それが水面に落ち――泡沫を割った瞬間。
視界が暗転した。
海に、沈められている。
薄光に煌く海面はすぐそこにあるのだけれども、その上に顔を出すことが出来ない。首が押さえつけられていて、締め上げられているからである。
随分前からそうされていて、新しい息吹を得ることは叶わないのに、不思議と苦しくはない。かといって死んでもいない。ただ、ぎゅうぎゅうと首を絞められる圧迫感ばかりをうけている。
誰に殺されかけているかは知っている。
――己だ。
何せ、先ほどまでこうして、自分が首を絞めていたのだ。
ただおかしいのは、自分が首を絞めていた相手は長曾我部だったはずだということである。それが何故、自分で自分を絞め殺そうとしているのか。
実のところ、その理由もわかっている。
いらぬものだからだ。
こちら側からも、己の首を絞める己の姿はよく見えた。
顰めた眉。かみ締めた唇。こらえきれずに落ちた涙が、泡沫を割る。
ふと、唐突に、この遠浅の海の正体を思い出した。
見たことがないなどと、嘘だ。
これは、涙だろう。
幾度も幾度も。思えばこうして、ここで己は己に殺されてきたのではなかったか。
ただそのたび死んでいるから、忘れているだけで。
そうだと思うと納得がいく。
そして、早く死んでやらねばと思う。己のために。
が、死ねない。死なない。
当の昔に、この涙の潮に満たされて息絶えるはずの身が、まだしぶとく生きている。
何故?
首を絞めている己と同じ焦燥を覚えて、その腰を強く掴んだ。
――何故殺せない!!
二人、ほぼ同時に叫んだ。意識が爆ぜた。
――おかしな夢である。
目覚めて、思わず首に手をやった。絞められた痕など、当然ない。それがわかった途端に、現実の光景が頭に舞い込んでくる。
長曾我部はまだ、生きている。もう何度目か。寸でのところで、取り逃がした。どうにかして彼奴を討ち取るために、次の策を練らねばと考えていたところである。
(……早く殺さなければ、)
寝床に半身を起こし、頭を抱える。夢に見た波は、目裏でゆっくりと引いていく。
あの男を討ち取らぬ限り、いつまでもあの、彼岸とも此岸とも言えぬ場所で、己ともあの男ともつかぬ者の首を絞めつづけねばならない。ひどく煩わしいことだ。
何故、己であるものにあの男の姿を重ねるのか。
何故、あれはいつまでも死なぬのか。
わからないふりをして、夢の気配を追い払う。
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