*アナトミカルマリオネット*
乾のベッドの上で海堂はいつも妙な気分になる。
乾以外に触れられたことなどないから比べられるはずもないが、彼の触れ方は少し変わっているように思われた。
その日もその触れ方は健在で。
骨や関節、筋肉の流れをたどって乾の指が手のひらが、時には唇や舌が、海堂の上を滑り、身体中を余す所なく開いていく。
――解剖されてるみてえだ……。
行為の最中、刺激に流されながらも海堂の意識は中空を彷徨う。
すっかり見慣れた乾の部屋の天井を射抜くような目で当て所なく見上げる。
――じゃあ何か? 俺は死体かなんかか?
ピンで止められたように逃げられない身体。
指先はメス。
切って、開いて、刻んで。
時に執拗とさえ思える丁寧な手付きで調べ上げる。
声を上げる窪みや眉を歪める肌のきわ、背を反らせる狭間。
乾が暴いた海堂の秘密は数えきれない。
天井から視線をスライドさせて乾を睨み付けると、解剖者にはあらざるべき楽し気な顔で海堂を覗き込んだ。
「海堂、我慢しないで。声出して良いよ」
――うるせえ、死体は喋らねえよ。
自分でもまるで苦行を受けているような表情をしている自覚はある。
そうでもしないと波に攫われて何処に流れ着くか分からない。
みっともなく乱れるのはプライドが許さない。
頑なに声を殺し、身体を硬直させたまま眉間に力を込める海堂を見下ろして薄く笑っていた乾の顔がふと、切なく歪んだ。
「声、聞かせて。聞きたいんだ」
「海堂」
――コイツ、最悪。絶対分かってやってんだ。
乾の言葉を聞いた途端、海堂の身体は簡単に意識を裏切った。
努めて抑えていた声が上がり、更なるうねりの呼び水になる。
――クソッ、今度は操り人形かよ……。
乾の為すがままに煽られる熱。
強請るように揺れる身体。
いつもいつも海堂の意地は途中で切り崩される。
好きでなかったらベッドに横たわりはしないし、もとより部屋になど来ない。
海堂という人間を誰よりもよく分かっている乾だからこそ、ただ拒まない、それだけでも海堂なりの愛情の示し方だと察していた。
そこが潔癖な海堂が示せるギリギリのラインの筈だった。
それなのに、いつのまにか求められると与えてしまっていた。
それは自分だけが奉仕されているような気分が気に入らないという負けず嫌いな気質や、どんな時も先回りをして海堂の欲しいものを与える乾への感謝、そんなギブアンドテイクな感情の所為ではなくて。
理屈を付けずに自分を欲しがる乾の姿に海堂は弱かった。
陥落した自分が腹立たしい一方で、これで良いのだという気持ちがそれ以上の確かさで存在している。
相変わらず強固なプライドは棄てられないし、変わっていく自分も怖い。
羞恥も痛みも快楽も未だ慣れることは出来ないけれど、本当はいつだって全てを与えたかった。
だから強情で素直になれない自分はピンと糸で押さえつけて、普段は見せないその気持ちをこの時だけは。
今はまだ乾の狡さに摺り替えなければ示せないけれど。
「せんぱい」
声音だけで全部分かってくれる貴方にいつかきちんと伝える事が出来るだろうか。
「せんぱい」
聡い貴方がもうそれに気づいていたとしても。
「せんぱい……」
必ず自分の言葉で伝えるから。それまで待っていてもらえますか。
身体を縫い止めるピンも操る糸も本当はすべて貴方への愛しさだから。
end
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