*Dear,*




「もうすぐ海堂の誕生日なんだ」

 唐突に、乾はそう切り出した。

「あ・・・そうなんだ?」

 少しぎこちない笑顔を浮かべながらも、そこは副部長、そつなく応じる。

「じゃあ、何か皆で祝ってやるかな」

「いや、そんな事はしなくていいんだ」

 大石の台詞を噛む勢いで、乾はきっぱりと言った。

 「しなくていい」というよりも、むしろ「余計なことはするな」とでも言いたげだった。

 いつもとそれほど変わらないトーンだが、大石はその事に何となく気づいた。

(邪魔されたくないワケね・・・・・)

 しかしそれなら、どうしろというのか。

「海堂に何かプレゼントをしたいんだが、大石は何が良いと思う?」

「そ、そんな、俺は海堂と親しいわけでもないし・・・・。俺よりもむしろ、乾の方が海堂の好みには詳しいんじゃないのか?」

 真剣にとんでもない事を聞かれて、さすがの大石も慌てた。

 しかし、乾はそんな相手の動揺には露ほども関心がないらしく、真面目に答える。

「勿論、海堂の好みはカンペキに把握しているさ。だから好みというよりも、今海堂が、どんなものを欲しがっているかを知りたいんだ」

「直接本人に訊くってのはダメなのか?」

「ダメだな。驚いた顔を見てみたい」

「驚かせたいのか?」

「正確には、驚いた上で喜んだ顔を見たい」

「海堂の・・・・・喜んだ顔」

 呟きながら、大石は思い浮かべることを断念した。

 しかし、よりにもよって、こんな事を真正面から尋ねてくる乾の心情が、大石には理解できなかった。

 だが、頼られたのに何も助言できないのは、彼の性格からして、どうしてもできなかった。

「うー・・・ん、プレゼントなんて、要するに気持ちの問題だろ?だからそんなに悩まずに、自分だったらどんなものが欲しいか、とか考えてみたらどうだ?」

「自分の欲しいもの・・・・・」

 そう呟くと、しばらく沈黙していた乾だったが、突然頬を赤らめ、にやりと口許を緩めた。

「―――っ!!?」

「イイな」

 普段の声とは明らかに違う、少しまとわりつくような低音。

 気味の悪さに、大石は思わず後ずさりをした。

(訊いてはいけない・・・・!何を考えたのかなんて、絶対に訊いてはいけない!)

 訊いたら後悔するのは目に見えていたので、大石は必死に自分に言い聞かせた。

 乾はとりあえず満足したのか、いつもの飄々とした感じで、大石に礼を述べた。

「ありがとう、参考になった」

「いや・・・・、役に立てて嬉しいよ」

 全然嬉しくはなかったが、大石は疲れ切った笑顔でそう応えた。






「へ?海堂の誕生日??」

「あぁ、それでどんなプレゼントがいいか悩んでいるってコト?」

 並んで話していた菊丸と不二を捕まえて、乾は先刻と同じ問いを二人にした。

 菊丸は小首をかしげて考え込む。

「う〜ん、俺の姉ちゃんは、この間花束もらってすっげー喜んでたけど、海堂は喜びそうにないよなァ」

「渡された瞬間につき返してきそうだね。それはそれでオモシロイけど」

 不二はそう言うと、くすくす笑う。

「あ!そうだ乾!お前特製の青汁とかはッ?こう、どかぁ〜んと一発、すんごいの作ってあげたらいいんじゃない?乾らしくってサ」

 自分の思いつきに笑いながら、冗談半分で菊丸が言った。

 すると、微笑みながら不二がたしなめた。

「ダメだよ、英二。そんな事言って、もし乾が本気になっちゃったら、海堂はお嫁に行けなくなっちゃうんだからね」

「にゃ?」

 意味がよくわからないらしく、菊丸は変な顔をした。

 乾は、不二がわざわざ自分に念を押していることに気づき、憮然とした。

「不二、いくら俺でも、そんな事はしないぞ」

「そりゃそうだろうね。一生口もきいてもらえず、目も合わせてもらえないことを思えばね」

 にーっこりと微笑む不二の台詞の毒に、さすがの乾も返す言葉がない。

 と言うよりも、まさに不二の言うとおりだったからだ。

 図星だろう?と言わんばかりの不二の笑みが、憎らしい。

 二人の間に流れる妙な空気に、菊丸は居心地悪そうにしていたが、再び何かを閃いたらしく、喜色満面で提案した。

「海堂が一番好きなことって言ったら、やっぱテニスじゃん?テニス用品とかは??」

「消耗品じゃなぁ・・・・。かと言ってあんまり高価なものには手が出ないし」

「でもでも!いっつも身に着けたり、使ったりするんだぜ?それってすっごく嬉しくない?」

「・・・・・・・・・」

 その瞬間、乾の頭の中で「いっつも身に着けたり」というフレーズがこだました。

 長い長い沈黙の後、ため息のように一言呟いた。

「―――――ウレシイ、です」

 傍らで笑いを噛み殺している不二を横目で見つつ、乾は正直に答えた。

 菊丸は得意げに、にっこりと笑う。

「ど?参考になったっしょ」

「あぁ。ありがとう、英二」

「どーいたしましてっ!海堂喜んでくれるといいね」

「後で、何贈ったのかちゃんと教えてね?乾」

 菊丸の無邪気な笑顔の横で、不二が邪気たっぷりに微笑んでいた。






 友人達の意見を思い出しながら、乾は悩んだ。

 誰かに真剣にプレゼントをしようなんて、今までになかった気がする。

 そう考えると、随分とスレた子供だったのだろうか。

 そうだった、という自覚がないでもない。

 だからこそ、海堂と出会って、自分にもこんな感情があった事に驚いている。

(喜んでほしい)

 いつだってそう思って頑張っているつもりなのだが、上手くいった例は、あまりない。

 「鬱陶しい」とか、「何考えてんだ」とか、迷惑そうにされることが多い。

 それは外見に似合わず内気な彼の、ひねくれた感情表現なのだと、わかってはいる。それが彼の可愛い所なのだ、と乾は断固として考えている。・・・・仲間内ではなかなか理解してもらえないのだが。

 それでもやはり、不機嫌な顔よりは笑った顔を見てみたい。

(・・・・何がいいかな)

 帰り道すがら、乾はその事ばかり考えていた。






「・・・・・・・それで、散々悩んだ結果がコレっすか」

 呆れたように、海堂が低く呟いた。

 しばらく続いた雨も嘘の様に止み、今日は朝から快晴だった。

 日曜日だということもあり、家族連れの客でごった返している。

 ・・・・・そう、ここは都内の某巨大テーマパークだった。

 二足歩行するネズミのカップルが遠くで愛想を振りまいているのを冷たい視線で見やりながら、海堂は長く息を吐いた。

「アンタ、男二人でこんな所に来て、何が楽しいんだ・・・・?」

「楽しいよ、海堂と一緒ならどこだって」

 にっこりと微笑む乾を見上げつつ、脱力したように、海堂は再びため息をついた。

 いつもこの調子ではぐらかされて、相手のペースなのだ。

 誕生日は空けておけと、随分前から言われていた。

 何を企んでいるかはわからないが、無下に断る理由もない。何より、乾は曲がりなりにも先輩である。根っからの体育会系の海堂にとっては、どれ程理不尽であろうとも、先輩命令は絶対だ。

「一度海堂と、こういうお決まりなデートスポットに来てみたかったんだ」

「デート・・・・・・?」

 怪訝な顔をする海堂に気付き、乾はくすっと笑った。

「あれ?何だと思ってた?」

「・・・別に、呼び出されたから来ただけで・・・」

「普通、誕生日に二人で遠出するって言えば、デートって言わないか?」

「・・・・・・・・・・・!!」

 海堂はひどく衝撃を受けたらしく、大きく目を見開き、声を失った。

 乾は愉快そうに笑いながら、呆けている海堂の手を握ると、少し前に立って歩き出した。

「別になんだっていいんだ。一緒にいて、こうして手を繋いでるっていう事実は変わらないし」

「ちょ・・・・っ!離せ――――」

「ヤだよ」

 一段と低い声に、一瞬息が止まる。

 眼鏡の向こうの眼が、射抜くようにこちらを見ていた。口許には、確信犯的な微笑が浮かんでいた。

 そう、いつでもわかっていてやっているのだ。

 この声に弱いことも、この眼差しに逆らえないことも。

「・・・・・・・なに、ガキっぽい事言ってンすか」

 顔を俯けて動揺を隠そうとしたが、僅かな声の震えは消えなかった。

 乾はしゃがむと、海堂の顔を覗き込んで囁いた。

 掠れたような、一際甘い低音で。

「海堂が、甘えさせてくれる?」

「〜〜〜っ!!!」

 火がついたように、海堂の顔が赤くなった。

(可愛いなぁ、ほんと)

 しみじみとそう思いながら、そんな海堂を今日は独占しているのだ、という事実を思い出す。

 一日が経つのなんて、あっという間だ。貴重な時間をフル活用しなければ勿体無い。

 乾はすっと立ち上がると、優しく海堂に訊いた。

「海堂、まず何に乗ろうか?」






「ふう、久々に遊んだ気がするな」

「そうっすね」

 名門青学テニス部のレギュラーであるのだから、休日の練習も当然厳しい。

 しかも二人とも、その中でも筋金入りの練習の鬼である。

「ちょっと位は楽しかった?」

 テラス席に向かい合って座りながら、乾が尋ねた。

 海堂は相変わらずの仏頂面で、曖昧に答えた。

「・・・・・・・・・まぁ、それなりに」

「俺はすごく楽しかったよ、海堂」

 乾の素直な感想に、海堂は渋面になる。

「よくもまぁ、臆面もなく言えるな、そういう台詞」

「別に、楽しかったから楽しかったって言うことに、恥らう必要なんかないだろ?」

 とは言いながらも、海堂は硬派で、そんな台詞を口にする事にも激しい抵抗を感じるのは知っている。乾としては、むしろそこが海堂らしくて好きなのだが。

 辺りはすっかり暗くなってきた。

 中学生の清い交際である以上、門限も早い。

「さて、そろそろ帰ろうか」

「・・・・・・っす」

 飲み干したジュースの紙コップをゴミ箱に投げ入れると、二人は立ち上がった。

 と、その時、思い出したように乾が短く声を発した。

 怪訝そうに海堂が振り返った。

「何すか」

「いや、危うく忘れるところだった。肝心の、誕生日プレゼント」

「は?」

 一瞬何を言われたのか理解できず、きょとんとする。

 しかし、乾がバッグの中から取り出した、綺麗にラッピングされた袋を見て、ようやく我に返った。

「え・・・、それ、俺に・・・・・?」

 それを聞いて、乾はぷっと吹き出した。

「おいおい、この状況で、他の誰にあげるんだ?」

 笑いながら、驚いている海堂の手に、強引に包みを持たせた。

 予想していなかった事態に、海堂は動揺しながら腕の中の包みと、目の前の乾とを見比べた。

「これ・・・・、中は何すか」

「別に危険なものは入ってないよ。開けて見たら?」

 そう言われると、開けない訳にもいかない。

(落ち着け、落ち着くんだ海堂薫・・・・!)

 こちらを動揺させてその反応を楽しむ、いつもの乾の手に決まっている。

 そう自分に言い聞かせながら包みを開けると、中から出てきたのは、予想と違い、ごく普通の物だった。

「バンダナ・・・・?」

 出てきた四角の布切れをまじまじと見つめながら、海堂は慎重に言った。

 さすがにそれには、乾も苦い顔をする。

「あのなぁ・・・・。だから、それが他の何に見えるんだ」

「いや、でも、先輩がこんな普通の事をするとは・・・・・・」

「海堂、それどういう意味?」

 憮然とする乾に気付き、言い過ぎたかと、海堂は焦った。

「べ、別に深い意味は・・・・!」

「いいよ、謝らなくても。そういう風に思われるような事をしてきたって自覚はあるから」

 乾はそう言って苦笑する。

 いつもの余裕しゃくしゃくで飄々とした乾らしくない表情。

(もしかして、俺が傷つけたのか・・・・?)

 罪悪感に胸がずきりと痛む。

「先輩・・・・、あの」

 搾り出すような海堂の声に、乾が振り返る。

「何?」

「これ・・・・、ありがとう、ございました。大事にします」

 慣れないシチュエーションに、今度は乾が動揺する番だった。

(素直じゃない海堂もイイけど、素直な海堂は更にイイ・・・・!)

 振り切れる寸前の理性に縋りつくように、ぐっと拳を握り締める。

 そうしなければ、今すぐに海堂を抱きしめてしまいそうだった。

 いつもだったら遠慮なくそうしていただろうが、今そんな事をしたら、当分口を利いてくれないのがわかるのが辛い。

 凶悪な表情で、「調子に乗るな!」と怒鳴られるのも、想像に難くない。

(あー・・・、でも、カワイイなぁ・・・)

 ヨコシマな考えが、ふっと頭をよぎった。

 そして、無意識のうちに、乾の唇が海堂の耳を掠めた。

 すとん、と一粒の言葉を落としていく。

「――――――――・・・・・」

 全てが波にさらわれるように消える。

 真っ白になって硬直する海堂に気付き、ようやく乾は我に返った。

「・・・・・!す、すまない海堂・・・。ちょっと魔が差したというか――――」

 慌てて弁明しようとしたのだが、黙り込んだままの海堂の様子に、口をつぐんだ。

 いつもならすぐに怒鳴り声が飛んでくるところなのだ。

 怒りのあまり、声も出ないと言うのだろうか。

「えー・・・・、と?海堂・・・・君?おーい・・・・」

 一歩引いて声をかけてみるが、俯いたまま反応がない。

 少し考え込んでから、再び呼びかけてみる。

「薫ちゃーん・・・―――」

「うるっせェな!!気持ち悪い呼び方すんじゃねー!!」

「何だ、聞こえてたんだ」

 安心したように言う乾と、目が合った。

 思わず、ものすごく露骨に、力いっぱい背けてしまった。

 しまった、と思ったが、今更どうしようもない。

「傷つくなぁ、そういうの」

 とぼけた調子の乾にムカッときた海堂は、再び叫んだ。

「勝手に傷ついてればいいだろ!俺の知ったことか!!」

 ここまで来ると、もはや引けない。いつものパターンだ。

 今日は素直になれる気がしたのに、と思いながら、海堂は心の中でだけ溜め息をついた。

 先刻の乾の言葉を思い出し、自分の天邪鬼振りが、つくづく嫌になる。

『好きだよ』

 そう囁かれて、信じられないくらい嬉しかったくせに。

 俺も、と一言返すだけで良かったのに。

(できるかよ、そんなコト・・・・・)

 想像するだけで、顔から火が出そうだ。

「海堂、どうかしたか?」

「べ、別に・・・・」

「そ?ならいいけど」

 再び歩き出した乾だったが、くるりと振り返ると、笑いながら言った。

「もっと肝心なこと忘れてたよ」

 怪訝な顔をする海堂に、乾は優しく笑いかけた。

「誕生日おめでとう、海堂」






 後日。

 部活中に呼び止められて、乾は振り返った。

「何だ、不二」

「この間のデートはどうだったのかな、と思ってさ。ホラ、どんなプレゼントしたか教えてくれる約束だろう?」

「そんな約束をした記憶はないな」

 きっぱりと乾は言ったが、不二は一向にお構いなしだ。

「あれだろ、海堂のしてるバンダナ。初めて見るヤツだし、新しいみたいだから」

「・・・・・・・わかってるなら訊くなよ」

「いやだな、確認しただけだろ。でも、バンダナたったの一枚きり?」

「違うよ、七枚」

 何でもないように言ってから、にやりと口許に笑みを浮かべた。

 乾の視線の先には、コートの中の海堂がいた。

「一週間分さ。毎日、いつでも俺の上げたものだけを使ってほしいからな。それだけあれば困らないだろ」

 それにはさすがの不二も、しばし声を失った。

 しかし、やがて忍び笑いをもらしだした。

「それはまた・・・・・・、乾らしいと言うか何と言うか」

「好きに言えばいいよ。別に気にしない」

「海堂は、とんでもないのに目をつけられちゃったんだな。心から同情するよ」

「俺も、お前の『想い人』には心から同情するね」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 表面は穏やかなのに、無言の火花が二人の間に散る。

 他の部員たちは、囁きあいながらじりじりとそこから遠ざかっていく。

 その様子をフェンス越しに見ながら、キャップを目深に被り直した王子様は、ぼそりと一言呟いた。

「・・・・・・・・まだまだだね」

―――――――今日も良く晴れた、気持ちの良い青空だ。

 夏は、もうすぐである。






end





◇真田新様から誕生日祝いに頂きました◇


特別テニプリに萌え萌えな訳ではないのに無理を言って申し訳ございません。
それなのにこの出来上がりの素晴らしさ!
いっそ私の代わりに小説書きませんか?(オイ)。
乾が怪しく、かつ格好良く海堂を可愛がっている様が堪りません。
海堂も男前で天の邪鬼で、でも一途に乾を想っているのがひしひしと伝わってきて…。
「大事にします」って可愛いなあもう!!
気の毒な大石も無邪気な菊丸も邪悪な不二も皆愛しいです。
あ、でも海堂がお嫁に行けなくなったら乾がもれなく貰ってくれると思います>不二。
これを励みに私も精進したいと思います。
どうもありがとうございました。


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