あなたをあいしています。
たとえなにがあっても。


だってぼくは、さいしょからぜんぶしっていた。


だからいいんです。
なにがあっても。


どんなにひとにさげすまれることでも。
みをほろぼすようなことだって。


あなたがぼくをそばにおいてくれる。
それだけがじゅうようなんです。


だから





もう






どうなったっていい。
















---蒼い夜---
















 その日も僕は市丸隊長の寝所で夜を明かした。

 細く彷徨う雲に遮られた月の下を、あの人が待つ部屋へと人目を忍んで通う慣れた廊下。
 時折洩れる月光が僅かな軋みさえ気にする足元に些細な影を投げかける。
 いつも音もなく滑る障子に指を掛ける時、僕は必ず少し震える。
 寝具と文机以外は家具らしい家具もない簡素な部屋で、あの人は手にした本を字を追うでもなくいたずらに繰っていた。

「よう来たね」

 何をしていたかは、言うまでもない。











「んッ…」

「ああ、ここがええんやったね、イヅルは」

 繰り返される愛撫にいちいち律儀に震える僕をあの人は容赦なく追い詰める。
 段々と潤んでいく躯はもはや肌への刺激だけでは満足できない。
 その先を請うように腰が捩れた。
 そのうちに流れるような動きで躊躇いなくあの人の指が僕の中に収められた。
 力なく布団に横たわったまま、時折耐え切れずに躯が跳ねるのを楽しんでいる雰囲気が伝わってくる。

 拘置を解かれたばかりで旅禍も未だ捕まっていない。
 こんなことを許すような場合じゃないことは重々承知している。

 でも…拒めるわけがない。
 あの人を拒むということは即ち今の関係が終わるということだ。

 そしてそれは僕が最も恐れていることでもある。

 ゆっくりと指が出ていく。
 その感触を追うと脱ぎ捨てた襦絆を握り締めていた指先が白く血の気をなくす。
 今度は脚を折り曲げられて膝が肩に着いた。
 強く押し付けられてどこかが軋む音がする。
 いっそこのまま壊されてしまうのも悪くないかもしれないと少しだけ思った。

「恥ずかしい格好やね」

 抵抗にもならないような小さな動きで頭を振ると、膝を押さえていた右手が下腹に回された。
 腰骨をかすめてから再び指が入り込む。

「ぅあ…」

 満ち足りる瞬間を期待して勝手に声が洩れる。
 きつく指を食んで離さない肉をあの人は少し乱暴に掻き回した。

 いつの間にか雲は流れて外では月がすっかり顔を出しているようだった。
 障子越しに和らげられた月明かりが僕の上のあの人を浮かび上がらせる。
 ちらちらと光を遊ばせる名前の通りの銀髪を梳いてみたいと思ったけれど、次々に寄せられる快楽にそれも叶わない。

「もう、ええな」

 その声でぼやけかけていた意識が引き戻された。
 ぴたりと宛てがわれたあの人を教えられた通りに受け入れる。
 開かれる苦しさに眉間が寄るけれど、それもほんの一時のこと。
 すぐに内から形のない何かがじわりと躯を濡らしていく。

「ァあ…ン」

 押し込めても零れる吐息と嬌声を更に促すように強く突き上げられる。
 いつも涼しげなあの人の熱を感じられる唯一の時間。
 僕の中はその熱の全て奪おうと言わんばかりに絡みついていく。

 けれどあの人を奪うなど不可能な話。
 いくら躯を繋げても一番肝心な部分は繋がらないままで。
 すり抜けていく僕の想いと見えないあの人の心。
 本当は見えないんじゃなくて、存在すらしないのかもしれない。

「たいちょ…」

 あの人の確かな感触を感じたくて、腕を伸ばし必死にしがみつこうとする。
 その頑是無い仕種に気を良くしたのか、あの人は僕の頬を撫でた。

「可愛い子やね。そんなにボクのことが好きなん?」

 繋がったまま、ん?と覗き込まれると、躯の中に埋まったものがずるりと動く。
 だらしなく緩んでいた口からは反射のように言葉が飛び出した。

「…ぁ、すき…好きです…」

「素直やね…」

 あの人は決して溺れない。
 それがあの人自らがけしかけた快楽でも、望んだ通りの言葉でも。

「好きです…本当に…好きなんです……」

「もう聞いたさかいにそんなに何度も言わんでええよ」

「…好き」

「知っとる」

 絶対に僕のものにはなってくれないのはよく分かっている。
 最初から諦めていたことだ。
 それでも僕の中に溢れるあの人への思慕は増すばかりで、限界などとうに越えている。
 行き場を求めて快楽に浮かされるままに何度も告げる。
 戯れの言葉に紛らわせて何度も何度も。

「…好きです…」

 返事はきっと一生貰えない。
 そして貰わなくても判っている。
 あの人は僕のことなどこれっぽっちも大事に思ってなんかいないし、まして愛してやいない。
 だから躯だけで良い。
 形だけでもあの人に愛してもらえるなら。
 その為だったら何を捨てても良い。
 あの時、雛森くんがどうなっても…殺してしまっても良かった。
 あの時の僕は本当にそう思った。
 あの人が望むのなら、僕はきっとなんだってする。
 この手が何に染まっても構いやしない。
 今はあの人の思惑には気づかない振りをして、ただただ従順な部下を演じているけれど。

「じゃあ今夜は念入りに可愛がったる」

「…んンッ」

 澱んだ思考もほんの一言あの人に囁かれただけでどこかに消えた。
 こんな時でも冷たい指が痛いくらいに絡んで僕を追い上げる。
 首筋から背中に回した腕に力がこもって、もうほとんど脱げかけていたあの人の着物が落ちた。
 肌に食い込みそうになる指先を必死に緩める。
 本当は僕なんかではあの人に傷ひとつ残すこともできないのだけど。
 けれど結局奥まで貫かれたあとぎりぎりまで引き抜かれて、惜しむようにあの人の肌を爪が滑った。

「ゃあっ」

 そして、嫌がっているのは躯だけじゃない。
 出ていかないで。

 僕の顔色を一瞥したあと、あの人は一際強く突き上げて、そのまま果てた。

 同時に達した躯はすぐには動かせず、ぼんやりと天井を見つめる。
 ゆっくりと視線を傾けると、障子に映った庭木の影が微かな葉擦れの音とともに小さく揺れた。
 外に広がる冴え冴えとした月夜の清涼な空気があまりに今の自分達に不似合いで、何故だか目頭が熱くなった。

 僕の上で伏せたままだったあの人がそっと身を起こして指先で僕の唇をゆっくりとなぞる。
 そしてようやく与えられた今日初めてのくちづけ。
 目尻から零れた涙は躯が流したのか心が流したのか、もう分からない。
 それをそっと吸われて震えるほどの幸福を感じた。








 ああ、あなたを、愛しています。












「ああ、ほんまにイヅルは可愛ええなァ…」





















---了---  







とりあえず書きたかったことを書いてみた。
いろいろ明らかになる前にやっとけって感じ。
フライング上等。
エロはこれくらいが限界です……。




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