*現場の男*
頭が良くて世渡りもそつなくこなす。
でも基本はマニア気質で大学時代は研究室に籠りっ放し。
そんな先輩がどこに就職するのかと思えば、開けてびっくりテレビ局ってなもんだ。
世の中は分からねえ。
だけどいくら頭が良くてもニュースキャスターなんて花形なポジション、そう簡単には手に入らねえ。
とはいえ見目麗しさは強力な武器らしく、何故だか先輩と同じテレビ局に入った不二先輩は入社二年目にして朝の人気ニュース番組に大抜擢だ。
朝の慌ただしい時間に癒しの笑顔、らしい。
そして今、先輩はいわゆる「現場の乾さん」だ。
ある時は台風にうねる荒れた海の側。
またある時は判決にざわめく裁判所の前。
神妙な顔(といっても大多数の人にはいつも通りの無表情に見えるんだろう)で警察署の前に佇んでいることもある。
「案外天職だと思わないか?」
明日は一日オフだから、と仕事帰りに先輩んちに引っ張り込まれてあれやこれやでもう朝だ。
後ろから抱き込まれたままどうして寝起きにそんな話になったのだったかもう思い出せねえ。
「確かに昔からよく回る口だとは思ってたッスけど」
澱みなく紡がれる現場からの的確過ぎるリポートは、テニス部時代に試合を解説してくれてた頃を思い出させる。
公式戦でも練習試合でも、果てはビデオの試合でも、先輩は何でも俺に解説してくれた。
「褒めてなくないか?」
耳元で少しばかり不満げな声が響いてくすぐったい。
「……さあ、」
実際、思った以上に先輩にハマった仕事だと思った。
騒がしすぎず、けれど確実に要点を押さえたリポートは内外で評判が良いらしい。
でも素直に似合ってると言ったことはない。
雨ガッパ着て強風の中立たされてるのを見りゃハラハラするし、そのうち海外特派員にでもされて日本にいなくなるんじゃねえかとか、本当はいろいろ気が気じゃねえんだ。
そんなこと言えるわけねえけど。
「明日はどこ行くんスか」
「竜巻被害の被災地」
「ああ、結構ひどいらしいッスね」
「竜巻がどうして起こるか分かるか?」
「……」
分かるわけねえだろ、と無言で訴えると忍び笑いの後すぐにお得意の解説が始まった。
けれどまだゆうべの疲れが残った身体には子守唄にしかならず、先輩の腕に抱かれたまま俺はすとんと眠りの海に潜ってしまった。
「現場の乾です」
昼飯時の定食屋で聞き慣れた声が飛び込んできて心臓が跳ねる。
カウンターに置かれたテレビは竜巻の爪痕が生々しい首都近郊のある街を映し出している。
注文は通ったばかりで手持ち無沙汰となれば自然にテレビに目がいく。
先輩は昨日俺が選んだ濃いグレーのスーツ姿でマイク片手に壊れた家屋の前に立っている。
「先日の竜巻は街全体に甚大な被害をもたらし――」
そう被害状況を解説しながらゆっくりと先輩が歩き始めたその時。
風が、吹いた。
急な突風にカメラマンがふらつき先輩が画面から消える。
テレビから聞こえるのはごうごうといううなり声のような風の音だけ。
がくがくと揺れるカメラがめちゃくちゃなアングルで地面と壊れた家と空を映す。
けれど先輩は映らなかった。
自分の身体から一気に血の気が引いたのが分かる。
分かるけれどどうしようもない。
目は画面に釘付けで、呼吸すらままならない。
画面が切り替わりスタジオに戻ると、少し焦った様子のキャスターがしきりに「乾さん、乾さん」と呼び掛けている。
「急な突風のようですね。これも先日の竜巻の影響がまだ――」
なんとか場をもたせようとするキャスターの声は途中から耳に入らなくなった。
……先輩、先輩!乾先輩!!
答えてくれよ!先輩!!
「こちら現場の乾です」
耳にするりと入ってきた聞き覚えの有り過ぎる声に、握りしめた拳といつの間にか堅く瞑っていた目をそろりと緩める。
テレビには幾分髪を乱しながらも、飄々と先輩が立っていた。
「乾さん、大丈夫ですか?」
「はい、かなりの突風でしたのでこちらはまだ騒然としておりますが、スタッフ共々怪我は有りません」
強ばっていた身体からようやく力が抜ける。けれどまだ目はテレビから離せない。
「今の突風を実際に体感してみますと、やはり先日の竜巻はここ数日の強風に様々な偶然的要素が――」
未だに心臓をバクバク言わせてる俺が見つめるテレビの中には、顔色一つ変えず、むしろ活き活きと竜巻についての見解を述べる先輩がいる。
バカじゃねえの。
なんでそこでそんなに楽しそうなんだよ。
ようやく安堵が全身に広がって、こんなときでも素直じゃねえ俺は舌打ちをひとつ漏らした。
でも本当は誰よりもわかっている。最前線で未知なるものに触れることを先輩は喜びとしていることを。
そんな姿がとてもとても格好良いことも。
そう、あの人は。
現場の男なのだ。
end
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