*卒業に向かって撃て〜乾海編〜*













吹き抜けていった風は春風と言うには少しばかり冷たい風だった。
卒業式の後の手塚と越前の試合は終わりの見えぬ熱戦で、決着のついた今はもう陽も落ちようとしている。
ようやくの帰途につく海堂の隣で、乾が嘆息する。

「俺も最後に手塚と試合がしたかったよ。結局勝ち逃げされたな……」

そう言う声には少しの寂しさが滲んでいるのに、表情はどこか晴れやかだった。

海堂の脳裏に、かつてのランキング戦が蘇る。
あれはまだ夏の前。
乾とペアを組んでダブルスをすることになるなんて思いもよらない頃。
あの手塚が追い詰められたゲームは今でも鮮烈だ。

「海堂も手塚に相手して欲しかったんじゃないのか」

「そうッスね。でも……」

あの試合が今でも鮮やかなのは、手塚が強かったからじゃない。

「俺はアンタとやりたい」

この人だと思った。
あの時、不断の努力が垣間見えた乾に、そう海堂は思った。
選び取ってしまったのだ。
だからきっとダブルスの申し出を受ける気にもなった。
今並んで歩いているのもそのせいだ。

「俺とは会えなくなるわけじゃないぞ」

手にした証書の筒で海堂をつつき、笑いかける乾をにらむ。
そんなことは分かっている。
明日からだって一緒に練習することになっている。

ではこの感傷はなんだろう。

「たった一年、365日だ」

何もかも分かったような顔で乾が言う。

「今こうしている間にもどんどん次の春に近づいている。時間の流れは平等だ」

365回目の明日がきたら、昨日より強くなった自分でまた会えるのか。

きつく握りしめられた海堂の右手を乾は取った。

「待ってる」

乾の声を聞いて少しだけ視界がかすむ。
寂しいのか嬉しいのか、ない交ぜの涙は溢れることなく目蓋の内にとどまり、そっと海堂を潤ませた。

頷いて顔をそらしてしまった海堂を見つめて、乾は目を細めた。

「じゃあ行くか、ストテニ」

決闘の申し込みは受けないと、と笑った乾に海堂もつられて微笑む。

返事はとうに決まっている。

「……はい!」

破られることのない約束は、春一番より強く海堂の不安を吹き飛ばした。













end










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『鹿の本2008』より再録。

乾先輩、卒業おめでとうございます。(海堂より)