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今日もいつもの休日自主トレ。
いつもの通りの公園で、いつもの通りの乾先輩。
その最中、俺のグリップの握り方を直しながら先輩は「好きだ」と言った。

「何が、ッスか?」

唐突に何を言いやがる、と真正面で俺の手を取っている先輩を見上げる。
俺の怪訝な視線を受けても顔色ひとつ変えず、まったく普段通りの口ぶりで次の言葉が飛び出した。

「海堂のことがすごく好きだ」

取り落としたラケットは芝生に吸い込まれて、ほんの少しだけ音を立てた。






最初にメニュー作りを頼んだのは俺からだった。
ダブルスを組んでからは毎日毎日一緒に自主トレをするようになって、すげえ自然に先輩は俺の日常に入り込んできた。
こんなに長く他人と一緒にいるなんて、今までの俺にはなかったことだ。
自分が付き合いにくい奴だということはよくわかっていたから、そんな俺と好んで一緒にいるあの人はいったい何を考えてるのか不思議だった。
そのうち一日一回は先輩のことを考えるようになって、今じゃあすっかり寝る前の日課になっちまってる。

ゆうべも真面目に考えてみた。
ムカつくこともそれなりにある。
そのたびに口八丁でうまく丸め込まれて、悔しい気持ちでいっぱいになることだってざらだ。
でも自分のテニスにも、俺のテニスにも……、先輩は真剣だった。

なんでだ。
どうして俺にそんなに構うんだ。
どうして俺の為に必死になるんだ。
どうして俺を理解しようとするんだ。
どうして。

……俺は何を確かめたいんだろう。

もしかしたら俺は乾先輩のことが好きなのかもしれない。
そんな方向に結論が向かいかけて、そこで考えるのをやめた。






そして今日、このタイミングだ。
カラクリは分からねえが、図ったとしか思えねえ。

「……、」

何を言うべきかわからず、黙ったまんま突っ立っていると、先輩が俺の肩に手を置いた。
反射的に顔を見上げると、先輩はメニューのリクエストを募るようにさらりと「海堂は俺のこと好きか?」と尋ねてきやがった。
そんなのこっちが聞きてぇ。
動揺もあらわに立ち尽くす俺に、先輩は念を押す。

「さっきも言ったけど、俺はすごく好きだよ、お前のこと」

肩に置かれていた手が二の腕に滑って、少しだけ引き寄せられる。

ありえねぇ……。

「海堂、」

抱きしめられてしまいそうな距離が嫌じゃねえなんてありえねぇ。

「好きだ」

ましてや嬉しいなんて、そんなこと絶対ありえねぇ。

「好きだ……」

駄目押しのようにさらに一言囁かれて、俺はとうとう音を上げた。

「もう、いい。わかったッスから……」

力無い声と腕で押しとどめて火照る体を離そうとするけれど、先輩の手はなかなか離れていかない。
胸の上に置いただけの手のひらに力を込めることもできず、指先まで熱くなった。

「もう一度聞くけど、海堂は俺のこと、好きか?」

それとも嫌い? と、逃げられない俺の耳元に顔を寄せて尋ねる。
普段は俺が嫌がることにはあまり深追いをしてこない先輩だったけれど、今日は、この質問は、逃がしてくれるつもりはないようだった。

「海堂?」

名前が呼ばれると、吐息を頬に感じる。
このたった数分間で、今までずっと保留にしてきた心の内がぐつぐつと煮詰まるのがわかって、ころりと言葉が零れ落ちた。

「見てて、わかんねえのかよ……」

そうか、俺はやっぱり、アンタのことが好きなんだ。

先輩の言葉に煮詰められて、ようやく形を為した想いを掲げて、俺は先輩を見つめた。

「……」

伝わっただろうか。
先輩はじっと俺の目を見る。
俺も目を離さない。
情けないが、これが今の俺には精一杯の表現だった。

「ありがとう」

先輩が笑った。
たったそれだけで胸がいっぱいになって、指が震えそうだ。
そのままそっと俺の手をとった先輩がまた小さく笑う。

「こんなにドキドキしてくれて、嬉しいよ」

ちくしょう、やっぱり全部お見通しなんじゃねえか。
恥ずかしさのあまり思わず悪態をつきかける。
それがきっかけで普段の俺達に戻ったのか、お互いの張り詰めていた空気がふと緩んだ。
しかしそれはほんの一瞬のことだった。

「じゃあ今日からつきあおう」

ちょっと待ってくれ。
そりゃ普通はそうかもしれねえけど。
途端にまた取り乱しかけた俺を見て、先輩は面白そうにしている。
第一つきあうって言ったって、一体俺たちが何をするのかピンとこねえ。

「……つきあうって、何すりゃいいんスか。……デート、とか、そういうのかよ」

俺がそう言うと、先輩はちょっと考えたあと俺の頭を撫でた。
子供扱いされているようで恥ずかしいのに、長い指が髪をくぐり抜けていくのがなんだか心地よかった。

「恋人同士がしなきゃいけないことじゃなくて、俺と海堂がしたいことをしよう」

とりあえず俺は今海堂を撫でたいと思ったから撫でてみた。
そう言って俺の頭を撫で続けている先輩は嬉しそうで、ますます俺は恥ずかしい。

「海堂は何かしたいことあるか?」

全力で対応させてもらうけど、と言われて、俺は考える。
俺が先輩と二人でしたいこと。
考え込んでいる間、先輩はずっと待っていた。

「眼鏡……」

「ん?」

「眼鏡はずした顔、見てぇ」

いろいろ考えた中で、一番手軽で恥ずかしくないものを選んでみた。

「お安い御用」

先輩はあっさりと眼鏡をはずす。
素顔をこんなに近くで真正面からまじまじと見つめて、なんだか変な気分だ。
予想よりかなり格好良いとは思ったけど、なにしろ見慣れないから落ち着かない。

「もういい」

「そうか?」

「……こういうことでいいんスか?」

「ああ。テニスでもそれ以外でも、俺としてみたいことがあったら何でも言ってくれていい。遠慮はいらないよ」

「ッス」

一緒にいることは多かったけれど、まだまだ知らねえことがあるんだと思った。
他の奴ならそんなこと思わねえけど、先輩のことなら知ってみたいし、いろいろすんのも悪くねぇと思う。
いや、悪くはないというより、ほんとはちょっとそうしてみたい……。

でも……。

「……あの、」

「ん?」

「……キス、は、当分勘弁して下さい」

先輩は一瞬固まってから声に出して少し笑った。

「了解。しばらくはプラトニックでいかせてもらうよ」

笑いながら「さあ練習に戻ろう」とラケットを取り直す先輩の背中を見つめる。

もう少し、アンタの素顔を見慣れるまで、待ってて下さい。

声には出さずに、そうつぶやいた。













end










■BACK■


『プラトニックつらぬいて』より再録。
大菊・タカ不二・乾海と三本書いた内の一本を加筆修正。

口数の少ないキャラの一人称って悩みますね…。