::ちょっとした説明書き::

・戦国の世から500年ばかり、ずーっと生きてる元親と、前生きていた記憶を全部持ったまま生まれ変わる元就。
・が、うだうだとしているとりあえず現代パラレルです。
・元就さんは前生まれたときから丁度100年目に生まれなおします。70歳で亡くなったらその30年後に生まれる、みたいな。
・適当ですが生年は史実を元にしています。なので今の元就さんは、1997年生まれの平成人。笑。

・気が向けばそのうち違う時代の話も書きたいです。

・そんな感じで、大丈夫!と言って下さる方は→こちら
・2009年7月20日 改題しました。 2本目UP(現代編です) → こちら

・夏コミでこの設定の本を出す予定です。現代編がメインです。↑の2本を再録。


We're All Alone


 どうして見つけられるのだろう。 空を燃やす夕陽を背に真正面から歩いてくる男を見て、思う。見飽きた顔だ。だが懐かしい。
 駆け寄っていきたい衝動を抑えて、元就は鞄を抱えなおした。
 泣きたくなるのはきっと、この体が未成熟だからだ。以前ならば同じ年でももう少し、強くいられたように思うのに。子どもがいつまでも真綿の優しさに守られ、ひとり強くあることを求められない時代では、琴線は不安定に晒されたまま、容易にかき鳴らされるのだ。
「よぉ」
 まるで数日前に会ったばかりのように、元親は笑って手を上げる。
 堪えられず、元就は震えるため息を落とし、目を伏せた。

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「随分と可愛らしいこって」
「……黙れ」
 こんな街中のどこにいるのか、蜩の鳴く声が聞こえてくる。晩夏のもの寂しさに夕暮れが色を加え、元就はまた鼻の奥を沁みさせた。夕陽の朱が染まる目元の紅を押し隠したとして、男の前で零してしまった涙はごまかしようもない。
「ちっこいなあ……」
 赤子をあやす仕種で背をさすられれば知っているはずの抗う術を忘れてしまう。夜に沈みかけた公園に人気のないことを幸いと思い、元就は男の腕にすがり、寄せられるままに唇を重ねた。
 住人が減り廃墟にも似た古い集合住宅の影に入ってしまえば、誰にも見咎められることはない。
「あんた、今いくつだ?」
「十四になった」
「そりゃあ、ちっさいわな。あんたもとからちっこいけどな」
 声もまだちょっと高ぇなあなどと何でもないことのように元親は笑った。そんな変化にはもう慣れてしまったということだろうか。
 腕を解いて体を離せば、大きな手が髪をまぜる。まるきり子ども扱いだが、目に見えるものをこそ信じる男であれば仕方がないと、元就は自分の体の線を目で辿った。
 小さい小さいと重ねられるのは癪に障るが、事実だ。体はまだ子どもの丸みから脱しようとあがくばかりだ。細い骨も薄い肉がはりつく様は貧相で、元就の意識に追いつくまでには時間が足りていない。手首など、掴んだ元親の手は指が余っている。
 もっとも、本来から小柄な元就である。多少の差はあれ、育ったところで男の腕に収まる程度にしかならないことは知っていた。
 同じ顔、同じ体、同じ姿で違う親の腹から生まれ、違う名を与えられる。元就はそういう生き物だった。そしていつ生まれてきても、今ものめずらしげに元就を見つめる男は同じ姿で現れる。
 男は元就とは違う。「死なない」のだと自分の身に起こったことの重大さなど露ほどもわかっていない響きで言った、あれがいつのことだったかすら、時間の霞に隠されて判然としない。
 互いに只人であった時など、もはや書物のなかの絵空事。あの頃の体が人のものであったかどうかを考えることも、もうなくなった。
 人としての生死を繰り返す、人ならざる元就と、終わりの見えぬ生を生きる元親がこうして再会するのは、これで5度目になる。
 1度目に会ったときは、訳もわからずただ、己は、そして目の前の男は人としての生から外れてしまったかもしれぬと思った。「泰平の世」の入り口で、決して長くは生きなかった元就の枕元、あんたは死ねるだけましだと元親がぼやいたのを、覚えている。
 2度目に再会したとき、山中に住まい獣を狩って暮らす鬼は、たまたまその姿を見かけた者たちに天狗と呼ばれていた。もとより異様の男ではある。二度の生の記憶を残した元就は、ますます己が人ならざるものであると感じ、見えてすぐに元親と共にあることを選んだ。姿を消した元就は天狗に攫われたのだと人は言った。
 そうして、三度目の目覚めにも、四度目にも、そして今もまた、元親と元就は出会った。元親が会いに来たというのが正しい。まだ、見つからなかったことは一度もなかった。
「なぜ、我の居所がわかる」
「それ前も訊いたよな、その前も」
「……貴様がまともな返事をよこさぬからだ」
「あぁ、俺なんつったんだったか。何となく?だっけか」
「……」
「怒るなよ。俺もわからねえんだって。あんたが何回生まれてきても俺のこと覚えてるのと同じだ、何でかなんて考えても多分わからねえことなんだろ」
 元親が己の在り様に穏やかに絶望していることを、元就はとうに知っている。意に反し存える体を憎み、天のものとも取れる己以外の意思に抗おうとする時期は、もう過ぎた。それゆえに、もはや元就の問いに対して彼が思索をめぐらすこともない。絶望に思いを巡らすよりはその上に砂の城を築く。元親はそういう男だと、知っていながら元就は同じ問いを繰り返すのだった。
「そう怖がんな」
 長く共にあれば相手の心など見通せるようになるのか。かつて血と潮の匂いの戦場で幾度となく、元就を「わからない」と詰った男は知った顔で元就の奥底の澱を掬い取る。
「怖がってなどおらぬ、ただ、わからぬことには、」
「これがいつまで続くのか、死んだら次があるのか、そんときまた会えるのか」
 それを怖がってるってんだよ、そういって笑う顔が、残照に陰影を濃くする。蜩の声が止み、弱い羽音を立ててよたよたと、小さく黒い影が飛び去った。
「あんたは何回生まれてきても、明日のことばっか考えるんだな」
 再び元就を腕の中に収め、か細い体の線を確かめるように乾いた掌を這わす元親の嘆息すらも、今まで幾度となくかさねられてきたもの。
「今あんたに会えたんだからいいじゃねえか。見つけたからにはもう、あんたが死ぬまであんたの傍にいる、だからよ、」
 遮って深く唇を塞いでしまえば、それが声ならぬ答えになった。
 問う。答えることなく問い返す。やはり答えはない。根が交じらぬ、ゆえに互いを結び合う答えなど望めぬ、そう諦めながらなお繰り返す、要するにそれは、今頬に、肩に、背に触れてくる元親の掌と同じなのだと元就は思っている。交じらぬことを知り、そこに形を知る。時とともに移ろう景色と、囲う人々の生き様との中に、己らのかつての形を、確と――。
 惜しんで糸を引く唇が離れ、落ちた唾液を指の腹でゆっくりと拭う間、元親は「ああ」とため息の混じった声を落したきり、目を伏せて黙っていた。かつては決して見ることのなかった、諦念と安堵の表情がひどく愛しいもののように思え、元就は離したばかりの頭へ手を伸ばし、首元へ引き寄せた。汗の匂いの銀糸へ鼻先を埋め、耳の後ろを撫でる。
 そうこうしているうちに日が暮れていた。陽の名残の色が消え、代わりに青白く照らす街灯の元で、大の男を制服の子どもが慰めているようにとれる光景はさぞ滑稽なことだろう、そう元就が息を漏らすと、抱き込んだ男の頭がもぞりと動き、ぐいと引き離される。
「やっぱ小っけぇよ、あんた。首痛ぇ」
 ベンチの上に膝立ちになる格好で、対して座っている元親に応じていた元就だが、それでもなお男は屈まねばならず、 首後ろをさすって笑っている。
 あまり小さい小さいと言うなとそろそろ苦情を申し立てようとしたところで、愛想のない呼び出し音が響いた。2度、3度と二人の間の空気を震わせて、止まる。
「メールだな、」
 家から、と、余計な世話を焼かれる前に口にする。出なくていいのかとか、帰らなくていいのかとか、言いたげに開かれた唇が妙な形で止まり、
「携帯持ってんのかよ……」
意図とは違うだろう言葉を紡いだ。
「物騒な世の中ゆえ。人相の悪い男に攫われぬとも限らぬ」
「なんだそれ、俺のことか?」
 合意の上だろう、と軽口に付き合う元親を尻目に元就は手短にもう間もなく戻る旨の文面で返信をする。
「どうする、これから」
 送信完了の画面から顔を上げると、どこか身構えるような元親の視線とかち合った。怯えにも見えるそれに唇へ苦く笑みを上らせて、携帯を鞄に戻しながら元就は滞る流れを思った。
 過去四度生まれた間に一度、親の庇護の下から強引に抜けて元親を選んだことがある。またその逆に、人としての連なりから離れず元親を置き去りにしたこともあった。
 真逆のその選択、だが元親はその両方ともで元就を責めた。ただ、後者のときは口に出して詰られたわけではない。聞く前に、元就が病で死んだからである。そして今わの際に見た元親の顔は、まだ面罵された方が幾分ましだと思われるほどに歪んでいた。
 生き変わるたびに、元就の前には二つの選択肢が転がっていた。ひとつは人の胎から生まれた人として、何食わぬ顔で生きてゆくこと。今ひとつは、同じではないが近しい性の化け物と共にあり、人としての生活を仮初のものと切り捨てること。
 そして、病に朽ちたただの一度をを除けば化生として生きることを選び、人の生を捨てた。
 一つを選ぶために、他に犠牲が出るのは仕方のないこと。何度生き変わっても、元就はそう思って生きた。そんな生き方を苦々しく思うのは、多分元親の癖なのだ。
 置き去りにされるのが嫌なくせ、元就が人であることを切り捨てることも厭う。そういう我侭な男は今言葉もなく、元就の決断を待っている。互いに、何も変わらぬのだと諦め、潮溜まりのように同じ場所に留まりながら。
 が、二人の周りを流れるこの時代は、元親にとって都合がよいと元就は思う。そして元親の言葉を正とするならば、翻って元就自身にとっても。
「四年待て」
「?」
「十八になれば、遠方の大学へ通うとでも言い訳をして大手を振って家を出られる。学生のうちはそう上手くはいかぬかも知れぬが、独り立ちすれば人から……親からの干渉はこちらから切らずとも減る」
「……人の間で生きて行こうってのか、俺と」
「どちらにせよ隠れ住むような場所は今の時代そう見つからぬだろう。それならば我の人としての性を利用し、人の作る森に貴様ごと隠れる方が易い」
 元就の紡ぐ言葉に目を見開いていた男の顔へ、徐々に喜色が広がる。幾年を重ねても子どものような男だと呆れてはみるが、そもそも喜ぶだろうと予想した上で呈した案が思ったように功を奏したのだから元就も悪い気はしない。
(甘くなったものだ)
 己と、向き合う相手の心を満たすそれだけのために物思うことなど考えられなかった。するべきでない以前に、できぬと思っていた。それを容易くさせたのは、時の流れと、目の前の男自身か。
 温いため息一つをついて足を地へ下ろし、背を向けると
「なあ、番号教えろよ」
 そんな声が追ってきた。振り返れば元親の手には携帯電話が握られている。幾分古い機種に思えたが、ストラップまでつけている辺り使いこなしているようにも見える。
「……何故住所不定のはずの貴様が持っている」
「いや、まあそれはそのうち説明するから、あんたもう戻らなきゃなんないんだろうが」
 明日の約束にも思える言葉に元就はもう一度甘苦いため息をつき、通学鞄に手を伸ばした。

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