乾の住むマンションに駆け込むと、着替えは出しておくからとにかく体を温めろ、とすぐに風呂場に追いやられた。
 タオルだけで十分だと最初は恐縮していた海堂もくしゃみをしてしまい、諦めて好意に預かることにした。

 濡れた服を脱ぎ去ると外気に晒された肌に鳥肌が立った。
 予想以上に冷えていたらしく、海堂は急いでドアを開けて浴室に滑り込んだ。

 冷えた体には温い湯さえ熱く沁みていく。
 特に冷えきっていた末端がじわじわと疼く。
 少しずつ温度を上げて頭からシャワーを浴びた。

「海堂」

 ようやくホッと一息ついた所で声をかけられた。
 すりガラス越しに乾の姿が見える。

「着替えはここに置いておくから」

「先輩……」

 言い慣れた言葉の筈なのにいつもとは違う感じがするのは風呂場特有の反響のせいだろうか。

「スミマセン」

「気にしなくていいよ。海堂に風邪をひかれる方が困る。濡れた服も洗っておくから。乾燥機あるから帰りには着て帰れるよ」

 そのまましばらく洗濯機を操作する音をさせた後、出ていく前に浴室のドアに手をかけて海堂に声をかけた。

「じゃあ、ちゃんと温まってから出てこいよ」

「ッス」

 乾が廊下に出てドアを閉める音を聞いた後、再びシャワーを頭から浴びる。
 耳元の水音の向こうでは洗濯機の回る音が途切れ途切れに響いていた。









 浴室から出てバスタオルに身を包む。
 温まった肌に柔らかいタオルの感触が心地良い。

 カゴの中に用意されていた着替えは、乾の物だけあってやはり海堂には大きかった。
 長袖のTシャツの首周りや肩のラインは言うまでもなく、袖の長さも袖口から辛うじて指が覗く程度で、リーチは長い筈の海堂を少しばかりへこませた。
 ジャージのズボンも裾がだいぶ余っていて何だか少し腹立たしい。
 普段はほんの少し見上げるだけの十一センチの差が急に大きなものに感じられて、改めて乾との距離を感じた。
 たかが一年だというのに、身体面でも精神面でも乾には適わないのだろうか。

 着替えを済ませて廊下に出たが、初めて訪れた家なので勝手が分からず立ち尽くす。
 大声で乾を呼んでもいいのだが、何となく憚られて結局適当に歩き回って乾の部屋を探した。
 家の中は静まりかえっていて日曜日だと言うのに他の家族の気配も感じられず、ただ雨音だけが薄暗い家の中に響いていた。

 ようやくそれらしい部屋を見つけてノックをすると返事と共にドアが開いた。

「シャワー、ありがとうございました」

「体は温まったか?」

 頭にタオルを掛けたまま頷くと濡れたままの前髪からポタリと雫が落ちた。
 目ざとい乾がそれを見過ごすはずもない。

「髪もちゃんと乾かさないと意味がないよ」

 そう言ってタオルに包まれた海堂の頭を少し乱暴にかき混ぜた。
 タオル越しでさえ乾の指はその力強さを伝えてくる。

「ドライヤー持ってくるから。適当に座ってくれていいよ」










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