*船上のボーイズ・ライフ*
10.
「でも胸に薔薇まで付けられるとは思ってなかったな」
「そうッスね」
パーティーの会場に入る前に、全員胸に薔薇の花を差された。
その時はここまでくるともう笑うしかないという感じで、皆でお互いを眺めたのだったが、今改めて見ると、悪くないかも……なんて思ってしまう。
いつのまにかこの非日常な空気に酔ってしまったのかもしれない。
そんなことをぼんやり考えていると、先輩の指が俺の胸の白薔薇に触れてきた。
戯れるようにつつかれる。
そのままただそれだけですぐにその手はテーブルのグラスに伸ばされた。
俺は顔を背けて海面を睨み付けた。
最後に花びらをそっと撫でて離れた指先がネクタイを結んで解く光景。
それが頭を過って顔が熱くなる。
「……駄目だな」
飲み干したグラスを置いた先輩が低くつぶやく。
「どうにも流されそうだ」
苛立ちとも困惑ともつかないその様子から、目が離せなくなる。
黙ったままでいると、俺が悪さをしないうちに戻ったほうがいい、とおどけてみせる。
強引なときはとことん強気なくせに、こんな風にからかうように試すような気遣いを見せるのがこの人の常で。
仕掛けても結局最後はいつも俺を甘やかして離れていく。
「手の内を見せるなんて、アンタらしくないッスね」
「海堂……、」
それきり口をつぐまれて、遣り場のなくなった視線を手摺りの向こうに広がる海に向ける。
暗い海に船の灯が落ちてちらちらと波の上で踊っている。
そう、船の下は海なのだ。
だからこんなに不安定なのだと、もうほとんど流されかけた心に言い訳をする。
グラスを取るふりをして先輩の隣に立つと、空になった先輩のグラスに寄り添うように置かれたサイダーを一気にあおった。
喉の奥を炭酸の細かい泡が弾けながら滑り落ちる。
グラスをテーブルに戻そうとした手を上から包まれた。
重なり合ったてのひらに力がこもってガラス製の細い脚が折れてしまう気がしたのも束の間、囁きに飲み込まれる。
「じゃあ、キスだけ……」
見上げた先で一瞬視線が絡んだ後、ゆっくりと目を閉じた。
風や波の音も遠くの喧騒もどこかに消えて、ただくちびるの温かさだけが灯台の光のような確かさを感じさせた。
end.
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