*船上のボーイズ・ライフ*
9.
パーティーのざわめきを背に、こっそりデッキに抜け出すと、ちょうどいい具合の風が吹いていた。
天板がガラスのテーブルに持ち出してきたグラスを置き、デッキの手摺りに軽くもたれて一息つく。
眼下に広がる海は黒と紺が混ざったような色をしていた。
設備の充実した巨大な船の中にいると忘れそうになるけれど、ここは確かに海の上だということを思い出す。
「少しは楽になったか?」
「ッス。あ、でもネクタイ外してもいいッスか……?」
首まわりを締め付けられていると息が詰まる。
どうせならもっとリラックスしてこの空気を楽しみたい。
「俺しかいないし、いいよ。戻るときに結び直さないといけないけどな。……もう自分で結べるか?」
からかうように言われて、地雷を踏んだような気分になる。
わざわざ自分で蒸し返してしまうとは迂闊にも程がある。
「……やめときます」
俺、サラリーマンにはなれねえかも、と微妙に話題を逸らすように付け加えると、大げさな言葉にちゃんと笑ってごまかされてくれる。
でも同時に心配の色もほのかに滲んでいて、ちょっと心が痛んだ。
「でも格好良いよ。よく似合ってる」
俺に用意されたのは上品な光沢のある黒いスーツだった。
自分では本当に似合っているかどうかの判断はつかなかったけれど、真摯な声音で褒められてくすぐったい。
時々先輩が言う『可愛い』は素直に受け取れないが、『格好良い』なら悪い気分じゃない、と言うか、正直うれしい。
「……アンタも、サマになってる」
先輩の着ているグレーのストライプのスーツは長身の先輩をさらにスラリとさせてみせる。
最初に部屋で試着したときから、格好良いと素直に思った。
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